2011年12月07日

ダーウィン空爆70周年慰霊の旅

(^v^)いいお知らせです。
ダーウィン空爆70周年慰霊の旅のパンフレットが出来上がりました。
ケアンズ、ダーウィンと周りますが、旅の一番の目的はダーウィン空爆式典に参加しすべての犠牲者の慰霊を行うことです。

え?ダーウィンってどこ?と思った方
ダーウィンはオーストラリア北部にあるノーザンテリトリーの州都です。軍事上重要な港のため第二次世界大戦時に日本軍から攻撃を受けました。1942年2月19日最初の襲撃が行われ240名以上の方がなくなっています。爆撃はそれ以降18ヶ月64回に及びました。

え?オーストラリアでも日本人が戦死したの?と思った方
ダーウィン空爆の一ヶ月まえ1月20日、作戦遂行中の潜水艦伊124号が敵に見つかり、80名の乗組員とともに海に沈みました。また18ヶ月にわたる空爆でも地上からの反撃を受け、なくなっています。こちらは何人の方がなくなったのか、はっきりとはわかっていません。またシドニーでは潜水艦による攻撃、カウラでは集団脱走があり、沢山の日本兵がなくなりました。シドニーの潜水艦乗組員は戦時中だというのに自国の兵士と同じように葬られ、またカウラには立派な日本人墓地があり、祖国に帰ることができなかった兵士たちが安らかに眠る場所となっています。

え?ダーウィンってそんなところに慰霊にいって、それも式典に参加しちゃったら避難されるんじゃないの?と思った方。
今年二月の式典の様子をご覧ください。今年は初めてシドニー総領事が出席されました。私は一般参加だったのですが、花束を二つ、オーストラリアの犠牲者とダーウィンで亡くなった日本兵のために備えました。もちろん事前に主催であるダーウィン市議会の許可はいただいています。この様子はオーストラリアのABCの取材を受け、全国ニュースで流れました。
http://www.youtube.com/watch?v=3p_k7q_gc-8&feature=player_embedded

オーストラリア人は自国のために戦った兵隊を尊敬します。それは外国人も同じことで、私が「日本では日本のために戦った兵隊さんは敬意を払われることはない、それどころか忘れられている」というとびっくりされます。
このツアーには戦争博物館やダーウィン沖への献花クルーズも含まれているのですが、こちらの博物館は、非常に淡々と展示が行われことに驚くことでしょう。敵である日本を悪く見せようとするでもなく、自国の兵士を美化するでもなく、ただ事実を展示しています。きっと見られた方は、オーストラリアの”過去は過去、歴史から学び、将来へ活かそう”という精神を感じていただけると思います。


2012年2月17日から23日、ダーウィン空爆式典慰霊ツアーどうぞご参加ください。


ここで70年間眠る日本兵の皆さんは「やっと来たか〜」と喜んでくれることと思います。
きっと感動的な旅になりますよ!


ダーウィン慰霊ツアー1.bmp
Itinerary.ods

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posted by sachi at 00:46| Comment(0) | Japanese only (日本語のみ) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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